東京・歌舞伎町、夜の繁華街に咳止め薬を手に少年・少女集う
東京・新宿にある繁華街、歌舞伎町の中心に位置する映画館「TOHOシネマズ新宿」のすぐ隣に、「トーホーシネマズ横」、俗に「トー横」の通称で呼ばれる50mプールほどの広さの広場がある。
そこは、家や学校に居場所がない未成年の少年・少女が集まってくることで知られる。「トー横キッズ」と呼ばれる。
雨が地面に強く打ち付ける2023年6月12日夜、その夜は、道路を渡った先、セブンイレブン新宿東宝ビル店の軒先の屋根の下に20人ほどがいた。
近頃、ツイッター、ティックトックなどのSNSでは、トー横で少年・少女たちが薬を大量に摂取して、様子がおかしくなっているように見える動画が広まっている。それらの動画に映る少年・少女の手足は痙攣し、息遣いも荒くなっている。
こうした薬の大量摂取は、一般的に、「オーバードーズ」と呼ばれ、「OD」の略称も使われる。精神的な苦痛を逃れるために、市販薬、あるいは、医師から処方された薬を大量に摂取する行為を指す。
トー横で、このオーバードーズをめぐって何が起きているのか。その夜、私たちは現場を訪ね、少年・少女らに話を聞いた。
8週間前に家出、咳止め薬を大量摂取
17歳の少年は、8週間ほど前に親に絶縁されて家出をしている、と自分の境遇を説明してくれた。服や生活用品が詰まったキャリーケースを持ち歩いており、普段は家に帰らず、近くのホテルでトー横の仲間たちと過ごしているという。このホテルは、仲間を簡単に連れ込めることで、トー横キッズたちの間で有名だという。定員よりも多人数で1部屋に泊まることで、一人あたりの宿泊費が安く済むというわけだ。
「日常的にオーバードーズをしている」。彼は私たちにそう言う。使うのは、強力な睡眠薬である「サイレース」と咳止めの薬である「メジコン」だという。
「メジコンなら1回で20錠くらい飲む。でも、耐性がついてきたら60錠くらい飲まなきゃいけない」
彼によると、これらサイレースとメジコンを大量摂取すると、ふわふわして体が軽くなるそうだ。彼は、このことを「アッパー」と呼ぶ。気分がハイになることを指す。反対に、オーバードーズをして、気分が落ち着くことを「ダウナー」と呼ぶ。
彼の話によれば、彼は違法薬物である大麻やマリファナを、トー横にいる人に連れられて時々吸うことがあるそうだ。彼曰く、大麻は0.5gで4000円もする。
「大麻を吸うと、面白くない時も爆笑できるし、ご飯も美味しく感じる。あと、寝起きがすごく良くなるからいい」
歌舞伎町には、総合ディスカウントストア「驚安の殿堂 ドン・キホーテ」がある。そこで、大麻を吸うために「パイプ」を購入して、ホテルなどで仲間と薬を回して吸っているそうだ。
ここで気になるのは、お金の問題である。未成年のトー横キッズたちに、アルバイトをしてお金を稼ぐ人はほとんどいないという。彼曰く、仲間の女の子を大久保公園で売春させてお金を稼がせ、そのお金をトー横キッズたちの間で分けて使う、という。
この大久保公園は、トー横から徒歩約4分の場所にある。大久保公園における「立ちんぼ」すなわち「女性の売春」がSNS上で最近注目を集めている。彼の話からすると、トー横キッズたちの問題にも関係がありそうだ。
彼自身は、18歳になったら、男性スタッフが接客するお店「メンズコンカフェ」で働いて、自分の力でお金を稼ぎたいと打ち明けてくれた。
手首にはリストカット繰り返したらしき傷跡
彼に取材をしている途中、10代と思われる少女が私たちの取材に興味をもってくれたようで、話しかけてくれた。
彼女も、オーバードーズを日常的におこなっているという。その日も、精神病に効く薬である「リリカ」や「デパス」、強力な睡眠薬である「サイレース」を持ち歩いており、それらをてのひらの上に載せて写真を撮らせてくれた。手首、太ももには、リストカットを繰り返しおこなった跡らしき傷が見えた。
彼女曰く、トー横キッズたちの間では、オーバードーズに関するルールがあるそうだ。そのルールとは、「広場では、メジコン以外の薬でオーバードーズをしてはいけない」というもの。メジコンは、咳止め用の薬で、ドラッグストアでも簡単に購入することができる。彼女は、そのルールを遵守しており、メジコン以外の薬は、広場すなわちトー横ではなく、家やホテルで使うそうだ。
市販薬依存患者が8年で6倍に「やめられない、止まらない」
国立精神・神経医療研究センターの研究者らの発表によると、市販薬を主たる薬物とする依存患者は、2012年から2020年の約8年間で約6倍に増加しているという。「薬物使用と生活に関する全国高校生調査2021」の結果によると、過去1年以内に市販薬の乱用経験があると答えた高校生が1.6%(約60人に1人)に上る。
厚生労働省が2019年に出した「医薬品・医療機器等安全性情報」によると、市販薬関連の障害患者は、覚せい剤や大麻の関連する患者に比べて「やめられない、止まらない」という依存症候群が多い。市販薬の乱用をやめようとすると、意欲減退や強い全身倦怠感、身の置き所のない焦燥感といった離脱症状、あるいは、自殺念慮や抑うつ気分などが、患者を襲う。そして、何度も断薬に失敗するという。
取材記者の視点:居場所「家族」求めて集える独特の空気
【記者の視点】 私にとって、「トー横キッズ」と呼ばれる私と同年代か少し下の若者たちと直接会話するのはこの取材が初めてだ。
トー横は、私には到底入ることができない、異質のコミュニティーが広がっているように感じられる一方で、一歩その輪の中に足を踏み入れてみると、すんなり仲間として受け入れてくれそうにも思える、何とも言い難い不思議な空間だった。冷たいようで、温かいような独特な空気が漂っている。
オーバードーズや違法薬物など、危険なことを繰り返すトー横キッズたち。その一方で、独自のルールは設けて、それだけはきちんと遵守している。なぜか。その理由として、トー横への帰属意識の高さを私は挙げたい。
彼らのほとんどが、家や学校に居場所はなく、トー横だけが唯一の居場所なのだろう。トー横の仲間は「家族」であり、そこから追い出されると他に行き場はない。実際、17歳の少年は私に対し、トー横に集まる人たちのことを指して、「家族」だと繰り返した。
逆に言えば、おそらく、彼らは帰属意識が高いが故に、仲間に入るために、その証として、オーバードーズなどの非行を繰り返してしまうのではないだろうか。
トー横では、10代の少年・少女らがオーバードーズや違法薬物をするのが当たり前となっている。このような行為は、未熟な彼らの体に大きな負担を与える。一歩間違えれば、簡単に死に至るだろう。
私は、私と歳が近い若者に、そのようなことで苦しんだり、死に至ったりしてほしくないと感じる。彼らの背景事情は見た目では分からない。彼らのSOSを多くの人に届けるために、これからもトー横の真実、及び彼らの心情を伝えていこうと思う。