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  • 岡﨑 祐仁、川端 健真

核兵器転用可能な高濃縮ウランの国内保有量の公開を拒否、岸田政権でも

ヒロシマ・アクション・プランで「生産状況」開示を求めるも「保有状況」は……


 核兵器への転用が可能な高濃縮ウランを日本はどれだけ保有しているのか、その量を明らかにしない従来の政府方針が岸田文雄政権でも貫かれている。取材に対して原子力規制庁は「高濃縮ウランの国内保有数については当庁では公開しておりません」と答えた。原子力委員会の事務局の内閣府も、外務省も、文部科学省も同様の対応だった。岸田首相は「ヒロシマ・アクション・プラン」で中国など核兵器国に対し核戦力の透明性の向上を呼びかけており、2022年8月には高濃縮ウランを含む核分裂性物質の「生産状況」に関する情報開示を各国に求めたが、その「保有状況」には触れていない。


核不拡散条約(NPT)運用検討会議で「ヒロシマ・アクション・プラン」を発表した岸田文雄内閣総理大臣=2022年8月1日、ニューヨーク国連本部総会ホール、©2022 Loey Felipe(国連のウェブサイト〈https://dam.media.un.org/archive/Non-Proliferation-of-Nuclear-Weapons-〉に掲載された画像「UN7945835」)
核不拡散条約(NPT)運用検討会議で「ヒロシマ・アクション・プラン」を発表した岸田文雄首相=2022年8月1日、ニューヨーク国連本部総会ホール、©2022 Loey Felipe(国連のウェブサイト〈https://dam.media.un.org/archive/Non-Proliferation-of-Nuclear-Weapons-〉に掲載された画像「UN7945835」)

 核分裂性物質のうちプルトニウムについて日本政府は、国際原子力機関(IAEA)の取り決め(Guidelines for the Management of Plutonium)に基づき、原子力委員会が毎年夏に保有量を公開している。しかし、原爆への転用が可能な高濃縮ウランの保有量については、日本の政府機関のウェブサイトやここ30年の主要新聞の記事データベースを検索した限りでは、公開された実績は見当たらなかった。


 このため、取材班は2023年7月からことし1月にかけて、日本の4つの政府機関、すなわち、▽原子力規制委員会の事務局である原子力規制庁、▽原子力委員会の事務局である内閣府原子力政策担当室、▽外務省の軍縮不拡散・科学部の国際原子力協力室、▽文部科学省の研究開発局原子力課――を対象に、国内における高濃縮ウランの保有状況について問い合わせた。


原子力規制庁は


原子力規制庁が入るビル=2024年1月23日、東京都港区六本木1丁目で
原子力規制庁が入るビル=2024年1月23日、東京都港区六本木1丁目で

 原子力規制庁は、原子力の平和利用を規制する国の組織である原子力規制委員会の事務局と位置づけられている。2023年7月5日に電話で取材を申し込んだところ、広報担当者より質問フォームからの問い合わせを指示された。翌6日に質問を送信すると、同月11日に以下のような文面がメールで送られてきた。


 「高濃縮ウランの国内保有数については当庁では公開しておりません。当庁では、『我が国における2022年の保障措置活動の実施結果(https://www.nra.go.jp/data/000433740.pdf)』において、計量管理の目的から収集した情報を保障措置活動の実施結果として原子力規制委員会に報告しており、6ページに規制区分別の核燃料物質の在庫量として、濃縮ウランの量を公表しております」


 この回答で示されている「我が国における2022年の保障措置活動の実施結果」の6ページを見ると、日本は2023年12月31日時点で、435トンの濃縮ウランを保有しており、そのうち341トンは発電用原子炉のため、すなわち原発の燃料として保有されているもの、つまり、核兵器にただちに転用することが不可能な濃縮度3〜5%程度の濃縮ウランだと読み取ることができる。しかし、こうした原発燃料用の低濃縮ウラン(濃縮度3〜5%程度)と高濃縮ウラン(濃縮度20%以上)は区別されておらず、高濃縮ウランの量を見いだすことはできない。


 このため、7月21日に再度、原子力規制庁に質問を送った。すると、同月28日に、「高濃縮ウランは濃縮ウランの内数となります」と返答があった。


 日本政府が「ヒロシマ・アクション・プラン」で、高濃縮ウランを含む核分裂性物質の「生産状況」に関する情報開示を各国に求めていながら、その「保有状況」に触れていないことについての質問には、次のような返答だった。


 「当庁では、保障措置活動の実施結果を原子力規制委員会に報告することを目的に取りまとめた資料を公開しています。なお、『我が国におけるプルトニウム利用の基本的な考え方について』(平成15年8月5日 内閣府原子力委員会)において、我が国のプルトニウム利用における透明性の向上について示されております」


 原子力規制庁の回答にある「我が国におけるプルトニウム利用の基本的な考え方について」(平成15年8月5日 内閣府原子力委員会)というのは、日本政府の原子力利用政策を取り仕切る立場にある原子力委員会が2003年に、「毎年プルトニウム管理状況を公表するなど関係者がプルトニウム平和利用に係る積極的な情報発信を進めるべきであるとの方針」を前提にプルトニウム利用の「より一層の透明性の向上を図る」との考え方を決定した、というもの。日本の電力業界がそのころ、青森県六ヶ所村で使用済核燃料を再処理し、核兵器転用が比較的容易なプルトニウムの本格的な抽出に乗り出そうとしたために、「プルトニウムという機微物質の利用に対する国内的及び国際的な懸念」が生じたことがこの決定の背景にあった。「懸念を生じさせないためには、プルトニウムの利用の透明性向上を図ることにより国内外の理解を得ることが重要である」と当時の原子力委員会は考えた。今回の取材に対して原子力規制庁があえて2003年8月に原子力委員会が決定した「基本的な考え方」に言及するのは、同じ「機微物質」であるプルトニウムと高濃縮ウランの透明性の違い、すなわち、プルトニウムの保有量は公表するのに高濃縮ウランの保有量を公表しない運用が従来から政府の方針となっている経緯を説明しようとしたのだとみられる。


内閣府は


原子力委員会が入る中央合同庁舎8号館=2024年1月23日、東京都千代田区永田町1丁目で
原子力委員会が入る中央合同庁舎8号館=2024年1月23日、東京都千代田区永田町1丁目で

 内閣府の原子力政策担当室は、内閣府科学技術・イノベーション推進事務局に属し、原子力委員会の庶務を担当している。2023年7月5日に電話で取材を申し込むと、メールで質問を送るように指示された。このため、翌6日、原子力政策担当室の担当官に、高濃縮ウランの国内保有量を問い合わせるメールを送った。もし保有量を公開できないのならば、その理由、プルトニウム保有量の公開との差異の理由、「ヒロシマ・アクション・プラン」との整合性についても説明してほしいと付け加えた。


 これに対して担当官は同月14日にメールで次のように回答した。


 「高濃縮ウランの保有状況等に関しては、内閣府では情報を保持しておりません。詳細については、原子力規制庁にお問い合わせいただければと思います。また、高濃縮ウランに関する情報の公表に関しては、国際的なガイドラインが定められていないことも含め、国際的に議論されている状況を踏まえ、今後、検討していくべきものと考えます」


 今後の検討に含みを持たせる内容の返答だった。


外務省と文科省


 外務省軍縮不拡散・科学部国際原子力協力室は、2023年7月5日に電話での問い合わせに対し、担当官が次のように返答した。


 「高濃縮ウランの保有量について詳しくお知りになりたいのであれば、原子力規制庁さんへお聞きになる方がよろしいかと思います。高濃縮ウランについては核セキュリティ上のことであり、軍事転用のことを考慮して保有量は公開していないものと認識しております」


 核セキュリティというのは、テロリストによる核物質の盗取などを防ぐための措置を指す。核兵器転用可能な高濃縮ウランやプルトニウムといった核物質は、テロリストにとって垂涎の的であり、そうした物質がどこにどれだけあるかを公開することは、テロリストを利する側面を持つ。このため、核セキュリティのみの観点からすると、そうした核物質の場所を秘匿したほうがいい、との判断に傾くことになる。外務省の回答はそうした側面を指摘しているのだとみられる。国内の高濃縮ウラン保有量について、外務省から回答を得ることはできなかった。


 文部科学省研究開発局原子力課は、2023年7月5日の電話取材に、担当官が次のように返答した。


 「高濃縮ウランですが、恐らく文部科学省というよりは原子力規制庁にお問い合わせいただいた方が良いのかなと思っているところでございます。全く把握してないというよりかは、規制庁さんが一元的に把握しているところでございますので、規制庁さんにお問い合わせいただくのがいいのかなと思っているところでございます」


 高濃縮ウランが国内にどれだけあるかについて、文科省から回答を得ることはできなかった。

 

岸田首相、核分裂性物質「生産状況」情報開示を求める


 IAEA(保障措置用語集)によると、高濃縮ウランとは「ウラン235を20%以上に濃縮したもの」と定義される。専門家によれば、一般的に核兵器国は、核弾頭のサイズを小さくするため濃縮度90%以上の「兵器級」と呼ばれる高濃縮ウランを用いて核爆弾を製造しているが、IAEAは、それより濃縮度が低くても、20%以上に濃縮されたウランについては「直接使用可能な」兵器物質とみなしている(ハロルド・ファイブソン他、鈴木達治郎監訳、冨塚明訳『核のない世界への提言―核物質から見た核軍縮』(法律文化社、2017年)、2ページ。Harold A. Feiveson, Unmaking the Bomb: A Fissile Material Approach to Nuclear Disarmament and Nonproliferation (Massachusetts: MIT Press, 2014))。


 2022年8月、岸田首相は、核不拡散条約(NPT)再検討会議の一般討論演説で、「ヒロシマ・アクション・プラン」を発表した。このなかで岸田首相は、核兵器保有国に対し、核分裂性物質の生産状況(the status of production of fissile materials)の情報開示、すなわち、高濃縮ウランとプルトニウムの双方の生産状況の情報開示を求めている。


鈴木達治郎・長崎大学核兵器廃絶研究センター教授
鈴木達治郎・長崎大学核兵器廃絶研究センター教授

 2010年1月から2014 年3月まで内閣府原子力委員会委員長代理を務めた鈴木達治郎・長崎大学核兵器廃絶研究センター教授は取材に対し、岸田政権が高濃縮ウランの保有量を公開していないことについて、次のように述べた。


 「中国は2016年から、民生用でさえ、プルトニウムや濃縮ウランの保有量の公開をやめている。そんな中国に対してプルトニウムや高濃縮ウランに関する透明性を要求するのであれば、日本もそれらの保有量の情報を公開したほうが、日本の言動に整合性と説得力をもたせることができる」


 この鈴木教授のコメントの内容について、原子力規制庁に見解を尋ねると、「外交についてコメントする立場ではない」と返答があった。

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