いよいよ駅伝シーズンが到来した。駅伝の代表ともいえる箱根駅伝(東京箱根間往復大学駅伝競走)は1月2日、3日に開かれ、各大学から21チーム、10人ずつ合計210人の選手が走る。
毎年11月に予選会が行われるころから、箱根駅伝の熱心なファンは、12月に発表されるエントリー(参加申し込み)を心待ちにし、区間ごとに選手を予想して楽しむ。今年度も12月29日に正選手210人の名前と区間が発表された。ただし、箱根駅伝のエントリーは特殊で、年末に区間エントリー(区間ごとの正選手)が発表されそのまま当日を迎えるのではない。実は「当日変更」というシステムが存在する。当日の朝に正選手から補欠選手への交替が発表されることがあり、その「当日変更」が決して例外ではなく、当たり前のように、各チームの駆け引きの戦略の方法として活用されている実情があるのだ。
2005~2023年の19回の箱根駅伝の「当日変更」を調べたところ、全部で1143件あることがわかった。特に近年は、2021年は87件に上り、以降、毎年70件を超えている。これを逆に言うと、年末の区間エントリーで走者として発表された選手のうち実に3分の1以上が、競技当日の朝になって、檜舞台から引きずり降ろされ、別の選手への交替を余儀なくされている、ということだ。その実情を調べた。
箱根駅伝「当日変更」とは
箱根駅伝の走者はいくつか段階を踏んで、最終的に決定される。
2024年1月2日、3日に行われる第100回箱根駅伝の開催要項によれば、まず12月11日にチームエントリーがある。出場校の各チームから当日走る選手候補を16人まで絞り、関東学生陸上競技連盟へ申し込む。次に12月29日、区間エントリーがある。各区間をだれが走るのかまで細かく決めなければならない。この際、1区から10区まで区ごとに正選手を一人ずつ配置するとともに、区を決めずに補欠選手を6人登録できる。この補欠選手は当日変更に大きく関わることになる。
最後に、競技本番の日の競技開始1時間10分前(当日の朝6時50分)に当日変更が受け付けられる。当日変更とは、区間エントリーの際に補欠選手として登録した選手を正選手と交替させることができる制度だ。2日間合わせて最大6人まで、1日に変更できるのは4人まで。交替した正選手は他の区間を走ることを認められない。区間エントリーの時点で正選手となった選手は、自分に割り振られた区間を走るか、交替させられたらどこも走らないか、という二択になる。補欠選手は、当日変更で正選手と交替する場合のみ箱根駅伝で走ることができる。
2020年までは、変更できる選手は往路・復路の2日間で最大4人と制限されていた。だが、2020年12月1日にルールが改定され、制限が緩和され、2021年の第97回大会から最大6人となり、今に至る。
データで見る「当日変更」推移
当日変更のデータを集めるため、箱根駅伝の公式ホームページを2009年までさかのぼって閲覧した。米カリフォルニア州サンフランシスコにある非営利団体「インターネットアーカイブ」が過去のウェブサイト情報を収集・保存・公開しているウェイバックマシンを利用し、その年々の当時の箱根駅伝のホームページを呼び出し、その中から「往路走者一覧」「復路走者一覧」のデータを抽出した。ウェイバックマシンに記録が見当たらなかった2005年から2008年の分については、関東学生陸上競技連盟が2014年2月21日に出版した書籍『絆 : 箱根駅伝90回記念誌』を用い、そこからデータを抽出した。このようにして過去19年分の「当日変更」の一覧を作り、分析の対象にした。
2005年から2023年までの19年間の「当日変更」の累計は1147件だった。2020年までは年50件前後で推移していたが、ルールが緩和された2021年に 前年比25件増の87件に跳ね上がった。ルールの緩和を受け、各チームがそれを活用している実情をうかがうことができる。
2005年から2023年までの19年間の累計を区間ごとに見ると、往路の2区と5区の「当日変更」が少ない反面、復路の7区、8区が多い。2区は、「花の2区」と呼ばれ、各チームのエース級が顔をそろえるため変更が少ないのだろう。箱根の山を登る5区、山を下る6区はそれぞれ上り坂が得意な選手、下り坂が得意な選手を充てようと、その特質に合う選手がエントリー時に選ばれ、変更が少ないようだ。
2005年から2023年までの19年間を往路と復路に分けて見ると、例外なく復路のほうが当日変更が多い。往路の結果を踏まえ、シード権獲得や優勝に向け、走者を調整しようとしていることがうかがえる。
戦略と化した「当日変更」
他の競技、たとえば、関東学生ゴルフ連盟が主催している2023年度関東大学秋季Aブロック対抗戦のゴルフ団体戦では、当日の選手変更は、競技規定により、「競技委員会によって正当な理由が認められる場合に限り」と限定されている。こういった事例から常識的に考えると、当日変更のルールは、不調の選手に無理をさせることがないように、突然の体調不良やけがに対応できるようにする趣旨で設けられたと考えるのが自然だと思われる。ところが、箱根駅伝では、正選手の3分の1が当日変更の対象となっており、しかも、復路の正選手のほうが当日変更の対象とされやすい。3分の1もの選手がそろって体調を崩したりケガをしたりするとは考えづらい。箱根駅伝の「当日変更」は、選手を守るためというよりも、チームごとの駆け引きの戦略の都合で使われている実情があるようだ。
こうした事実関係と疑問点について、取材班の学生記者は手紙にまとめ、12月22日午後、東京・千駄ヶ谷にある関東学生陸上競技連盟の事務所で常任幹事にそれを手渡し、回答を求めた。その結果、同月29日、対応が難しいとの以下の返答があった。
「頂戴した資料を確認させていただきましたが、本連盟といたしましては、箱根駅伝前であり、対応が難しい状況にございます。折角のお話にもかかわらずお役に立てず、大変申し訳ございません」