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執筆者の写真奥山 俊宏

ビッグモーターの「内部通報制度」不備は改正公益通報者保護法違反

社長の甥の塗装作業員による内部通報をもみ消した企業風土に是正迫る動き


 中古車販売大手の株式会社ビッグモーターの板金・塗装工場に蔓延していた保険金不正請求について、筆者(奥山)は1日、公益通報者保護法の観点からの東京新聞記者の取材を受けた。ビッグモーターに対する消費者庁の対応は、昨年6月に施行されたばかりの改正公益通報者保護法がどれほどの実効性をもてるかを占う試金石だといえ、今後、他の企業の行動に影響しうる。そう筆者は指摘した。2日の同紙朝刊特報面の記事にそのコメントは盛り込まれた。これを機に考察した内容を以下にメモしておきたい。


ビッグモーターの8月2日夜時点のウェブサイトの冒頭
ビッグモーターの8月2日夜時点のウェブサイトの冒頭

 ビッグモーターが外部の弁護士に依頼して取りまとめられた調査報告書でもっとも注目されているのは、千葉県の酒々井店の塗装作業員が2022年1月、ラインのメッセージで「傷無し作業とか何百台もありました」と社長に伝え、不適切な行為の横行を内部通報したという経緯だ。この内部通報にもかかわらず、このとき「結果的には告発を握りつぶす形」となり、是正はなかった。


 これとの先後は定かではないものの、損害保険業界が設けている損害保険防犯対策協議会に「不適切な保険金請求が行われている」との情報提供があり、これをきっかけにして2022年6月6日、損保ジャパンなど損保3社がビッグモーターに実態調査を行うよう要請した。このあと半年あまりの紆余曲折があり、東洋経済オンラインで2022年8月に「保険の『不正請求疑惑』めぐり大手損保が大揺れ 中古車大手ビッグモーターの組織的関与が焦点」と報じられ、以後、「ビッグモーター不正請求、窮地の損保ジャパン」、「損保ジャパン『不正請求被害』も取引再開の深層」、「ビッグモーター、保険金不正の真相究明に新展開」と続報が出た。そののちの2023年1月30日にようやく、ビッグモーターは外部の弁護士に依頼して特別調査委員会を設置した。


 2023年6月に取りまとめられ、7月18日に会社のウェブサイトに掲載された調査報告書のなかで、特別調査委(委員長=青沼隆之・シティユーワ法律事務所弁護士)はビッグモーターについて「経営陣による有無を言わせない降格処分の頻発によって、全社的に従業員らを過度に萎縮させ、経営陣の意向に盲従することを余儀なくさせる企業風土が醸成されていった」と指摘した同報告書によると、2022年1月の告発は、社長の甥だった作業員が「不適切な作業を実施させられることに不満を抱えていた他の作業員らからの懇請を受け」る形で行われたが、結局、ビッグモーターは「告発内容の真偽に関して特段の調査も行わないまま、作業員を懐柔して黙らせることにより、結果的には作業員からの告発をもみ消した」という。


 8月3日発売の週刊新潮2023年8月10日号に掲載された記事「『ビッグモーター』前社長の甥が初めて明かす『内部告発はこうして握り潰された』」によると、内部告発を受けた社長は甥に対し、「(工場長と)仲良くせい」「何で協力できんのや」と返信したという。翌日、部長が酒々井店を訪れたが、工場長は不正を否定。甥は「職場の雰囲気が悪くなるのは困るし、家族もいる」ということで「矛を収めた」という。職場ではその後、「社長の身内の私が言っても解決しなかったことに絶望する声」が相次いだ。そのうちの一人は「もう内部での解決は無理だ。最終手段だが外部に告発しよう」と考え、退職を決めた上で損保業界のホットラインに通報した。1カ月以上、反応がなかったため、甥が重ねて「毎日不正していますよ。早くしてください」と催促の連絡をしたという。「そうしたらようやく連絡が来た」という。


 公益通報者保護法の改正法が2022年6月に施行され、従業員300人超のすべての事業者は内部通報制度の整備を義務づけられている。しかし、調査報告書によると、ビッグモーターでは、「そもそも、通報対象がハラスメント事案に限られている上、通報が行われた場合の調査主体や調査方法等に関する規程も整備されていない」という。つまり、内部通報制度はないも同然で、「内部通報制度や、内部通報が行われた場合の調査実施のための枠組みが整備されていないという体制上の不備」がある。さらに、ビッグモーターでは会社法に違反し、取締役会が開かれておらず、また、内部統制システムも整備されていなかった。


 公益通報者保護法を所管する消費者庁の新井ゆたか長官は7月27日の記者会見で「内部公益通報対応体制の整備それから実際の運用が適切であったかということは消費者庁として非常に大きな関心を持っておりまして、事実関係について事業者と連絡を取って確認をしている」と明らかにした。


 改正法の実効性の試金石となるケースに


 筆者は1日の取材に対し、以下のように述べた。


 改正公益通報者保護法が昨年6月に施行され、従業員300人超の事業者に内部通報制度の整備が義務づけられた。ビッグモーターは、これに従わない違法な状態にあるということができる。


 改正公益通報者保護法の第11条2項により、事業者は、内部通報を受け付ける窓口を設定し、調査したり是正したりするための体制を整えなければならない。窓口を設けても形骸化している事例が多くある実情が長年問題視されてきたが、ビッグモーターの現行の通報制度は「通報対象がハラスメント事案に限られている」ということなので(調査報告書40頁)、これはつまり、内部通報制度がない、ということだ。5千人を超える従業員を抱える大企業であるにもかかわらず、内部通報制度がないというのは、それ自体が驚きだ。法改正前の2016年の消費者庁のアンケート結果によれば、従業員3千人超の事業者の99%超が制度導入済みだった。ビッグモーターのような大企業で内部通報制度が整備されていないのは、20世紀には当たり前だったが、21世紀に入って20年あまりを経た現在ではあり得ない。


 このようなビッグモーターにどう対応するかは、消費者庁にとって、鼎の軽重を問われかねない重大事だといえる。その対応は実質的に改正法の適用第1号だといえ、改正法の実効性の試金石となり、大切な先例となる。ほかの企業がきちんと体制を整備しなければと思えるような決着を見えるようにしなければ、改正法は死んだも同然となるおそれがある。


 消費者庁は、改正公益通報者保護法に基づいて、ビッグモーターに報告を求めたり(15条)、関係行政機関である国土交通省や警察、金融庁に照会したり協力を求めたりする権限(17条)を与えられており、それらの権限をフルに使って、実態を解明し、ビッグモーターに是正を迫っていく必要がある。形だけの内部通報制度づくりに終わらせてはならず、実効性をもって制度が機能できるようになるまで継続的にフォローしていくべきだ。

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