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東 優衣

災害の情報が聞こえず、逃げ遅れる 難聴者の不安に「耳マーク」グッズ

「耳がきこえません」バンダナに耳マークつきの腕章やベスト、普及に難題

 「大きなサイレンがあっても気がつかないかもしれない、逃げ遅れるかもしれない」。難聴者の小川光彦さん(61歳)は、災害発生時にサイレンの音が聞こえず、逃げ遅れるかもしれない、そんな不安を日々感じることがあるという。


 実際、2011年に東北地方で発生した東日本大震災では、NHKによる調査・集計によれば、把握できているだけで75人の聴覚障害者が亡くなっており、その死亡率が住民全体の死亡率の2.5倍に上っている。


 サイレンが聞こえないから避難が遅れる。避難所での指示が聞こえないからお風呂に入れなかった……。相次ぐ災害により、聴覚障害をめぐる様々な課題が浮き彫りとなっている。

 

災害用バンダナ

 

 聴覚障害は、外から見た目では気がつきにくい障害だ。災害時に安全で十分な支援を受けるためには、「自分は耳が聞こえにくい」あるいは「自分は聴覚障害者のサポーターである」ということを周囲にアピールするような目立つグッズが必要とされる。


災害用バンダナのデザイン=「手と手と 手話に関わる私たちが、ちょっと真剣に防災について考える…そんなホームページ」(https://www5.hp-ez.com/hp/tetoteto/)から引用
災害用バンダナのデザイン=「手と手と 手話に関わる私たちが、ちょっと真剣に防災について考える…そんなホームページ」(https://www5.hp-ez.com/hp/tetoteto/)から引用

 東京都墨田区のろう者と手話サークルのメンバーが作成した「災害用バンダナ」はその試みの一例だ。彩度の高いピンク色と紫色の布地には、「耳がきこえません」「手話ができます」「筆談します」という3つの語句があり、それぞれの上に耳と手と鉛筆のイラストが描かれている。55×55センチの正方形で、肩に羽織ったり頭に身につけたりして使用する。聴覚障害者当人だけではなく、聴覚障害者を支援する人も使用できるデザインとなっており、災害時に助け合うことができる。


 2011年5月13日、東京・有楽町にある「よみうりホール」で「情報とコミュニケーションの法整備を求める全国集会」が開かれるのにあわせ、聴覚障害者らが国会周辺で、災害用バンダナを着用してデモ行進を行った。


耳マークつきの腕章やベストも


 災害時に聴覚障害者にとって役立つグッズとして、ほかにも、耳マーク腕章、耳マーク付きベストがある。

 

 耳マーク腕章には、黄色い背景に、耳が不自由であることを示す「耳マーク」と「耳が不自由です 筆談して下さい」という文言が大きく書かれている。腕にまいて着用できる。「聴こえのサポーター」という文字のカードが腕章の中に入っており、聴覚障害者のサポーターとしてそのカードを表にして着用することができる。

 

 耳マーク付きベストには、赤色の背景に、「耳マーク」と「聴覚に障害があります」という文字が大きく書かれている。上半身にはおることができる。


 聴覚障害者の社会的理解を増進する一般社団法人、全日本難聴者・中途失聴者団体連合会(全難聴)の理事を務める小川さんによれば、これらは、2010年に、全難聴の加盟協会である静岡県の特定非営利活動法人静岡県中途失聴・難聴者協会(静岡難聴)のもとで作成、活用されていた。


 そんななか、2011年3月11日に発生した東日本大震災の際には、翌月の4月2日、小川さんを含む全難聴の職員4人が、静岡難聴に無償で提供された耳マーク腕章と耳マーク付きベストを着用して、宮城県にボランティアとして派遣された。


 宮城県は当時、地震と津波によって交通機関が乱れていた。派遣された全難聴の職員らは、現地ではなかなか手に入りにくかったガソリンの携行缶を被災者に届けた。補聴器を紛失してしまったり補聴器の電池が切れてしまったりするなどして困っていた難聴者もいたという。そこで、全難聴の職員らは、箱型補聴器と電池を難聴者に提供した。


 このような被災地での活動を通して、耳マーク腕章と耳マーク付きベストは、聴覚障害者の目印としてその必要性を強く認識された。そこで、日本財団の支援のもと、全難聴によって新たに作成された。


 耳マーク腕章は、その年の11、12月に1,000本、翌2012年の2月に1,000本がつくられた。それら合計2000本は、被災県の加盟協会会員、全国の加盟協会、全国の聴覚障害者情報提供施設、全国要約筆記問題研究会、希望のあったサークルなどに無料で配布された。

 耳マーク付きベストは、腕章と同じく、2011年11、12月に、200枚ほどを作成。そのほとんどを東日本大震災被災県の加盟会員に無償で送ったという。


 しかし、腕章もベストもそれ以降は作成されていない。

 

 2016年4月14、16日に熊本地震が発生した際にも、全難聴の後方支援のもと、熊本県聴覚障害者情報提供センターの職員らによって、耳マーク付きベストが活用された。ベストを着用した職員は、ほとんど毎日、各地の避難所をまわって、難聴者に生活上の不安をヒアリングしたという。


 小川さんによれば、避難所で、難聴者は、耳マークを見ることによって、自分を助けてくれるかもしれないという安心感を得ることができたという。そのおかげで支援活動が円滑に進み、耳マークを活用することの重要さを再認識したそうだ。

 

現状に危機感

 

 このように災害時には非常に役に立つと評価された耳マークグッズではあるものの、全難聴の理事、小川さんは現状に危機感を覚えているという。


 現在出回っている耳マーク腕章や耳マーク付きベストは、いずれも10年以上前に作られた古いものだ。そのうえ、東日本大震災と熊本地震のときに使われたため、きれいな形で残っているものは少ないと推察される。

 

 耳マークのついた腕章やベストを新たにつくることが出来ない理由として、小川さんは費用の問題を挙げる。東日本大震災が発生して間もない2011年当時は、日本財団から申し出があり、その助成金に助けられた。しかし、現時点では作成するための費用の目処が立っていない。全難聴の中でも、重要な課題がほかにも数多くあり、災害時の対応は後回しにされている現状がある。「ちょっと危機感が足りないかもしれないですね」


耳マークが描かれたバッジを見せる小川光彦さん=2023年7月10日、Zoomで
耳マークが描かれたバッジを見せる小川光彦さん=2023年7月10日、Zoomで

 全難聴では、腕章とベストの他にも、耳マーク付きの旗やバッジなど様々なグッズを作成し、販売している。最近では、災害時にこのような小物の耳マークグッズを使うことが増えているそうだ。しかし、有料である上に、小物であるから気づかれにくいという難点もある。やはり目立つようなベストが必要ではないかと全難聴の中でも議論されたが、実現していない。

 

個別避難計画を

 

 このように、災害時に役立つ耳マークグッズがなかなか普及せず、作成が後回しにされている現状がある。


 2023年1月13日に政府の地震調査研究推進本部が発表した「長期評価による地震発生確率値の更新について」によると、今後30年のうちに南海トラフ巨大地震が起こる確率は70〜80%。同本部のレポートによると、今後30年のうちに首都直下地震が起きる確率は70%であるとされている。


 今年の元日には、石川県能登地方を震源とする最大震度7の地震が発生し、年始早々日本中に衝撃が走った。このように災害がいつ発生してもおかしくない今の時代に、どのような備えをしているのかとの質問に、小川さんは「個別避難計画」をたてていると答えた。


 災害が起きたときに、高齢者や障害者など、逃げ遅れる心配がある人々がスムーズに避難することができるように、一人ひとりの状況に合わせて事前に計画を立てておく。


 難聴者である小川さんの場合、最も心配なことは、災害の情報が入らないこと。補聴器を長時間つけていると、ジンジンと耳鳴りがひどく、眠れなくなってしまうため、普段は補聴器を外して生活をしているという。だから「大きなサイレンがあっても気がつかないかもしれない、逃げ遅れるかもしれない」のだ。


 そのため、早急に避難が必要な時には、マンションの大家さんに、マスターキーを使い、小川さんの部屋に入ってきて避難を促すようお願いしているという。反対に、小川さんは体力上、避難に問題がないため、ほかにマンション内で避難に困っている人がいれば、体力面で支援するなど、お互いに協力し合うことを大家さんと約束しているそうだ。避難所でも、難聴者が情報を手に入れるために、分かりやすいアナウンスや難聴者一人ひとりへの声かけを求めているという。


 「聞こえにくいのには多様性があるんです」と小川さんは言う。2022年に日本補聴器工業会が行った調査によると、日本国内で難聴であることを自覚している人の割合は10%。その中で補聴器をつけている人の割合は2%と言われている。補聴器をつけていない難聴者は、無意識のうちにテレビのボリュームを大きくしたり、電話のときに声が大きくなったりしてしまうという。


自由に書いたり消したりすることのできるボードを使って筆談している様子を再現する小川さん=2023年7月10日
自由に書いたり消したりすることのできるボードを使って筆談している様子を再現する小川さん=2023年7月10日

 「難聴者でも、聞こえ方は人さまざまであって、一人ひとりに個性があることを知ってもらいたいんです」と小川さんは続ける。そのため、小川さんが住んでいる東京都中野区では、区のふれあい交流の一貫として筆談交流を行なっているという。自由に書いたり消したりできるボードを使って、「飲み水はどこですか」「トイレはどこですか」といったような実際に災害時に役立つ筆談をしているそうだ。


 この筆談交流に参加してくれた区民の人々には、耳マークのバッジをプレゼントし、災害が起きた際に聴覚障害者を支援してくれるようお願いしているそうだ。


 「それも防災活動の一環だと思うんです。まずは、区民の皆さんにも、聞こえない方々への理解を深めて、私だけではなくてね、ほかにも聞こえない方々を支援してくれるように活動しています」

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